【 セシリアSIDE 】
皆様ごきげんよう、セシリア・オルコットと申しますわ。イギリスの代表候補生を務めさせて頂いております、以後お見知りおきを。
クラス対抗戦最中の所属不明のISによる襲撃。
極度の混乱が予想される中、アリーナ内部に閉じ込められた生徒達の避難を最優先事項として動きだした弾さんと、同じくその避難の手伝いに名乗りを上げた箒さんと共に、私達は即座に行動を開始しました。
やり方は閉鎖された遮断障壁を解除、もしくは破壊すると言う強引な物であり、先生方の指示を待たずの独断行動と褒められた内容ではありません。が、お叱りを受けるのは重々承知。容易く予想できる後の我が身の事より、今この場で自分に何が出来るかが重要でした。
弾さんと別れた私達が避難を誘導する途中、織斑先生から指示を受けた教職の先生方が見えられ、避難誘導を引き継ぎ無事に生徒達の避難を完了させてくださいました。今はIS学園の体育館に集まっている生徒達の中に漏れがないか、先生方が点呼及び確認を行っている所です。
IS学園の体育館は非常時の生徒達の避難場所として機能する様に特殊な構造を施されており、普段は全校生徒を収容しても有り余る広さを持つこと以外は何の変哲もない建物ですが、非常時となればそれは一転し――簡単に言えば小さな防壁要塞のような代物と化します。その強度は恐らくIS学園の中でも屈指の物でしょう。地下には救援を呼ぶための簡易情報施設や、もしもの為のシェルターも存在するとの事です。
その中で私はISを纏った数名の先生方と同じく、万が一の襲撃に備え周囲を警戒、及び警護に名乗り出て一人体育館上空で待機中です。こういう時、専用機持ちで良かったと常々思いますわ。
皆さんが避難した体育館を眼下に写しつつも、私は視線をアリーナへと向けます。……こう言ってはなんですが、最悪の展開も予想し何時でも狙撃できるよう準備した方が良いですわね。
一夏さん達が負けるなどと信じてはいませんが、最悪の展開を予想しておく事と、そうでない時とでは全然違います。迅速かつ冷静な判断を下す為には必要な思考です。
(『1%でも可能性があるなら、最悪の展開を予想し、それ対処すべき案を持ち迅速に行動に移せる判断力と決断力を持つこと』、それが上に立つ者としての資質の一つ……)
亡き母の教えを頭の中で反芻し、私は【スターライトmkⅢ】を何時でも使用できるように構え直し、周囲の状況から見て標的が出現する可能性の高い箇所を順に確認していきます。……この行為が無駄になる事を切に願いますわ。
するとその時、小さな電子音が響きました。これは……誰かからの通信? とりあえず警戒体制を維持したままその通信を繋ぎます。
「はい、セシリアです」
『――すまないセシリア、私だ』
「箒さん? どうかなさいましたか?」
『私達もいるよ~』
空中ディスプレイを開いた先の相手は、片耳に通信機器を取り付けた箒さんの姿と、その両隣でこちらに手を振る本音さんと、小さく会釈する簪さんの姿。
箒さんはともかく、両隣のお二人はアリーナ内部に閉じ込められていたとは思えないほど元気そうです。いえ、一息つけて安心したと言った方が正確なのでしょうか。とにかく大事無い様子でなによりです。
『警戒中にすまない。だが、お前にも伝えておきたいと思ってな』
「私に?」
『良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい~?』
箒さんの後ろで本音さんがこちらに手を振りつつ質問して来ました。良いニュースと悪いニュース……? 一体何のことでしょうか。
周囲の様子を視線の端の空中ディスプレイに写し、一旦構えを解いて私は通信越しの箒さん達へと視線を向ける。もし通信の最中に非常事態が起きても即座に対応できるよう【ブルー・ティアーズ】のビットを私の周りに四機展開し、その状態を維持するのも忘れず行う。
「……それでは良いニュースからお聞きしますわ」
『分かった~。えっとねー、さっき点呼の確認が終わったんだけど、生徒はみんな無事だってさっき先生が言ってたよー』
「まぁっそれは本当に良いニュースですね。大事に至らずホッとしました」
『本当にね~』
『……けど、悪いニュースもある……よ』
『ああ、これはまぁ仕方のない事だが……』
「……何ですの?」
『先程織斑先生から連絡があってな……事が済んだら覚悟しておけとのことだ。私とお前、それから特に弾は、とな』
「……そ、それは覚悟していた事です」
若干表情が強ばっている箒さんが、私から視線を逸らし言いにくそうに告げてくださいました……私も笑顔は浮かべてはいますが、表情が引き攣るのを止められません。
そんな私達に気の毒そうな視線を向ける本音さんと簪さんの姿が見えます。あれです、よく弾さんが織斑先生に連行されて行く時に、クラスメイトの皆さんが浮かべる『可哀想だけど、明日お店に並ぶ運命なのね』といった、養豚場の子豚を見るような視線ですわ。……せめて骨は拾ってくださいまし。
織斑先生の指導ですか……脳裏に浮かぶのは毎度毎度ズタボロのボロ雑巾みたいな姿で吊される弾さんの姿。
嗚呼何故でしょう。天国にいらっしゃるお母様とお父様の姿が今はハッキリと見えますわーうふふっ。
……ちょっと待ってくださいお母様何を年甲斐もなくバカップル宜しく『私を捕まえてご覧なさーい』などとやってるんですか止めてくださいまし私のイメージが音を起てて崩れますわお父様も苦笑してないで止めてくださいSAN値が私のSAN値がガリガリと削られてますの嗚呼だから止めてっていえストップですストップ待てと言ってるんです聞こえてないのですか花園の中で何をおっ始めようとしてるんです人がいるでしょう周りに人がって其処カメラを構えてんじゃねぇですわよ何を撮る気ですか一体誰です貴方は何です四代目? まさかいえそれ以前にちょっと寄らないでください気持ち悪いです漢女って何ですか愛の伝道師って何をふざけた事を――。
『――リアッ! セシリアッ!?』
「――は、はいっ!? な、何でしょう箒さん?」
『大丈夫か!? 今虚ろな瞳でブツブツと独り言を口にしていたぞ!』
「え、ええ勿論です。……ただ綺麗な花園の中に人目も憚らず仲睦まじい両親の姿が見えただけですわ……」
『それは大丈夫とは言えないだろう!? ……セシリア。お前少しずつ弾に毒されていないか? いい病院を紹介するぞ』
「……箒さんのその言い方も大概弾さんに毒されてると思いますけれど」
真顔でそう言ってのける箒さんに少々思う所がありますが……今は良いでしょう。とりあえず小さく深呼吸して私は気持ちを切り替えることにしました。……色々と幸せそうな両親の姿を垣間見た気がしたのも気のせいだと思うことにします。
さて、生徒の皆さんの避難及び無事が確認された所で、残す懸念は依然アリーナ内で所属不明機と戦闘を行っている一夏さん達三名の安否だけとなりました。
敵ISのジャミングによる通信妨害のせいか、アリーナを出た瞬間に一夏さん達との通信が出来なくなってしまった為、今中で何が起こっているのか全く情報を得る事ができません。アリーナ内部での通信は可能……しかし内部から外部への通信、またその逆は不可能。……本当に嫌な妨害をしてくれます。
アリーナ内部には数名の教職員の先生及び、他のISも配置されている事ですから、現在も行われているシステムクラックが終了次第、部隊の投入が可能だというのは不幸中の幸いでしたわね。果たしてシステムクラックが終了するのが先か、一夏さん達が敵を撃退するのが先か、それとも――いえ、きっと一夏さん達がやってくれる筈。
ですがもし万が一の自体に陥った場合……その時は。
(――『蒼の雫』。この言葉の真意を存分に教えて差し上げますわ)
【スターライトmkⅢ】を握りしめ、私はアリーナへと再び視線を向けました。そして、その私の思いに呼応するかのように、【ブルー・ティアーズ】から青白い粒子が立ち上ります。
それと同時に、私が命じていないのにも関わらず私の周囲に展開していた四機のビットが、私の傍を離れ、辺りの空を巡回するように飛び周り始めました。まるで意思を持っているかのように。
……最近になってからですが、私は以前よりも強く【ブルー・ティアーズ】を身近に感じられる様になりました。
弾さんが良くご自身の専用機である【七代目五反田号】を機械としてではなく、ご自身の友人、パートナーの様に接し話しかけている姿を見習って、私も【ブルー・ティアーズ】に何気なく話しかけるようになった結果でしょうか、以前よりも【ブルー・ティアーズ】が私の思いに応えようとしてくれているのを感じ取れるのです。
――『ISは道具でなく、あくまでパートナーとして認識してください』
以前の授業で聞いた山田先生の言葉が脳裏に響きます。
……そう、ですわね。私は代表候補生としての技量や格式ばかりに囚われて、本当に初歩的な事を、そして一番大事な事を忘れていたのですね。
(――御免なさい【ブルー・ティアーズ】。そしてこんな私ですが、これからもどうか……)
小さく、ですがそれでも深く想いを載せて、私は私の大切なパートナーにそう呟く。そして再び私の想いを感じ取った【ブルー・ティアーズ】の意思が私に流れ込んできます。
それはまるで『気にしないで』『こちらこそ』と、コロコロと笑っているかの様に優しく、暖かい『感情』でした。……私は本当に素晴らしいパートナーを得ていたのですね。
――気持ちをまた一つ入れ直した私は、再び【スターライトmkⅢ】のスコープに目を当てて構え直し、頼もしいパートナーと共に再び周囲の警戒と、生徒の皆さんの警護に思考を集中させた。
『――あーっだんだんと言えば、かんちゃん! だんだんといつ友達になったのか答えて貰ってないよー?』
『え、えぇ? 今それを掘り返すの……?』
…………。
『ねーねー。教えてーかんちゃん、それって何時の事~? だんだんは何でかんちゃんと友達になった事を私に黙ってるのかな~? 別に友達になった事は悪くないよー全然。とっても喜ばしい事だと思うよ~うんっ!……けど黙ってるってどういう事……?』
『ちょ、ちょっと本音落ち着いて……っ!?』
『むっ幻覚か? 布仏の後ろに巨大レンチを素振りする黄色い着ぐるみの姿が霞んで見える様な……』
『……私がかんちゃんにお仕えしてて、一番の友達だって事をだんだんは知ってる筈なーのーにーなー? なーんで黙ってるのかな~……それとも友達になった時に私に知られると何か拙い事でも、かんちゃんに……しちゃったのかなぁぁぁ……っ!?』
『ほっ本音笑顔が、笑顔が怖いよ……っ!? どうしようポッキーがもう無い……っ!?』
『――ぬぉっ!? もしや気迫が形を成したのか!? これ程の気迫を、あの布仏が発するとはっ!』
…………。
『あ、後で本音にもちゃんと話すから……そ、そうだっ! その時に弾も一緒に呼ぼうよ。だから話はその時まで……ね?』
『……本当ー?』
『う、うん……本当』
『……分かったよー。だんだんにも言いたい事あるし、これが終わったら三人で、そこの所くわしーくお話しましょー』
『……(ほっ)』
『――ふむ。二人共それは少し待って貰えないだろうか』
『……篠ノ乃……さん?』
『どうしたの、ほっきー?』
『……その渾名に関しても言いたい事があるが、それは置いておくとして、弾に関しては少し待ってもらいたい』
『……どういう事ー?』
『……(嫌な予感)』
『ああ、実はこの後の弾の予定についてなのだが――悪イガ奴ノ首ヲ私ガ殺ルト言ウ、大事ナ先約ガ入ッテイテナァァァァ……?』
『――にゅわあああぁぁっ!? 鬼が出たああああぁぁぁっ!?』
『――ひっ!?』
…………。
『クカックカカカカカカッ……!』
『そ、そうは行かないぞー! だんだんとはお話があるんだからー! 首がなかったらお話できなよー!』
『そ、そう言う問題じゃ……あ……でも弾なら首なしでも……ひぃぃっ!?』←首無しの弾が超速スキップで軽やかにやって来るのを想像した。
『何人モ私ノ目的ヲ阻ム事叶ワズ、邪魔スル者ハ全テ血トナリ肉ト化セ』
『むむむむむ~っ!』
『クカカカカカッ!』
『ひぃぃぃ……っ!?』
『ねぇ虚ちゃん。私疲れてるのかしら? 何か巨大レンチを手に持った黄色い着ぐるみ狐と二振りの刀を持った赤甲冑の鬼武者が鍔迫り合いしてる幻覚が見えるんだけど――って言うか簪ちゃんの近くで止めて欲しいわね。お姉ちゃん本気を出しちゃおうかなー』
『無事を確認しに来てみれば……はぁ』
――綺麗に終われないと言うのは、何かしらの宿命を感じますわね。通信を切っておくべきでしたわ。
あら? ビットの一機が……いけません。駄目ですわよ『ブルー・ティアーズ』。気持ちは分かりますがお止めなさい。折角良いシーンだったのにと怒るのは分かりますけど、あそこに居るのは私の大事なお友達です。良い子だからお止めなさい。ちゃんと体育館の扉からピッドを入れようとしても駄目です。
――そう、それで良いのです。貴女は賢く良い子ですわねーうふふふ……ふぅ。
【 鈴 SIDE 】
『汚れはっ!?』
【洗剤で綺麗に落とします。漂白剤駄目絶対】
『汚物はっ!?』
【消毒っHYAHAAAAAAAAAAAAAAA!!】
――弾と七代目の、ある意味気合の入った言葉と共に、両手に装着されている銃口から連続で小さな火球が敵に向かって乱射された。
アタシはそれを見届け瞬時に位置を移動し、敵の回避先を予測して動く。敵ISは襲いかかる火球を縦横無尽に空を飛び、回避する。まぁ狙いも何もあったもんじゃないから、そう易々と当たってはくれないわよね。
けど、それでも相手の回避先はある程度は予測は付く、アタシは【衝撃砲・龍砲】の照準を合わせ――入ったっ! その回避先はアタシの領域よバーカッ!
「――喰らえっ!!」
【衝撃砲・龍砲】から打ち出された不可視の砲弾が、爆音を響かせ敵へと真っ直ぐに伸びていく。そしてそのまま、回避行動先から瞬時に次の行動に移せなかった敵へと命中する。
不可視の弾丸の直撃を喰らった敵ISが吹き飛ぶ姿が視界に映り、アタシは口端を釣り上げた。よっしゃあ命中、もう一丁! 敵の体制が崩れた隙を逃さず、二発目、三発目と続け様に【龍砲】をお見舞いしてやった。
だけど流石にそれは喰らってくれずに、敵は瞬時に体制を整え回避して――弾の放った火球をモロに受けて再び吹っ飛んだ。おぉっ! やるじゃない、褒めてやるわよっ!
「――あはっ! ナイス弾っヤルわね!」
『お、おおおうっ。どどどっどんなもんよ!』
【ととと当然ですっ。けけけ計算通りッスよ!】
「吃り過ぎよ!? アレまぐれなのっ!?」
空中ディスプレイを開いて通信越しに褒めてやったら、物凄い顔を引き攣らせた弾の笑みと、七代目の文字羅列。……マジでまぐれだったのね。って言うか七代目! あんたISの癖に計算なしで撃ちまくるのはそれってIS的どうなのよ!?
思わずツッコミを入れたアタシだけど、【甲龍】から敵にロックされた警報が鳴り響き、ハッと思考を切り替え敵を見やる。向けた視線の先のISは、左右に両腕を開き、それぞれ射線上の先にアタシと弾の姿を捉え、既に銃口にエネルギーの粒子が光っていた。
「まず……っ!? 弾、上手く回避しなさ――」
『上空の一夏さーん!』
「へっ?」
『――ッ!!』
焦って回避するよう弾に向かって口を開いたアタシだったけど、その言葉は弾の言葉によって遮られる。そして弾の言葉に返答する様に、両腕を左右に開いた敵の胸元へ飛び込むように、今まで敵から僅かに距離をとって上空を旋回していた一夏が、一気に加速し懐に飛び込んだ。
その速さは正に白い弾丸。速……まさか『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』!? 何時の間にそんな技を!? あいつっこのアタシとの戦いには使わなかったくせに、まさか手を抜いて――いえ、切り札的に隠していたって所が妥当ね。
アタシだけじゃ無く、アタシ以上に一夏のそのスピードに驚愕している敵ISだったけど、その隙を逃さず一夏が手に持った【雪片弐型】を、斜め下から切り上げるようにして一気に振るう。
『せあああぁぁぁっ!!』
一夏の振るった【雪片弐型】は、そのまま光の剣の残照を残し敵ISを切り裂――かなかった。惜しくも敵は間一髪で後方へと回避を行い、一夏の一撃はその胸元の装甲を掠め、浅い傷跡を残す程度で終わる結果となる。
あの状態でギリギリ躱す普通!? 一夏ってば後一歩強く踏み込んでいれば届いてたのに、千載一遇のチャンスを逃してんじゃないのっ!
だけど敵も突然の回避行動を行ったせいで、アタシと弾に向けていた腕の銃口の照準が狂い、直後放たれたビームが上空のあらぬ方向へと飛んでいく結果となる。一撃を外したのはどっちも同じって所を見れば、痛み分けって所か。
剣を振るった一夏、ソレを無理な体勢で躱したIS。どちらも大きな隙を晒してる。此処は一夏の援護に回るべきだと、アタシは敵と一気に間合いを詰める為に加速しようと体制を取る。
――けど。
『まだまだぁっ!!』
「『!?』」
其処で何を思ったのか、一夏が体ごと敵に向かって体当たりを食らわせる姿を見て、アタシと、同じく通信越しに弾が息を飲む。
た、体当たりってそんな状態から体当たりしてもダメージなんか与えられるわけ無いでしょうが何をトチ狂ってんの!? そう思って思わず悪態を口にしかけたアタシだったけど。其処で一夏が別の動きを見せる。
体当たりした瞬間、一夏は唯一の武器である【雪片弐型】を粒子に変えて消し、さらに体制が崩れた敵の右腕を左手で掴み、胸部装甲の隙間に右手を差込む。そして一夏は体を捻り――あの体制……!?
「まさか投げ飛ばす気なの!?」
『おおう、思い切るじゃないの一夏の奴』
【普通しますかねー】
弾の妙に関心した声を耳にする中、アタシは一夏の行動に理解が追いつかない。IS相手に投げって何を考えてんの! 思い切るにも程があるわよ!
『――飛んでけえええええええええええぇぇぇぇっ!!』
その中で一夏は気迫の声と同時に、敵ISを力いっぱい投げ飛ばした。投げ飛ばされた敵もその行動に理解が追いつかないのか、固まったまま投げとばされるまま。
一夏の投げた方向は――アリーナの地面。だけど一夏の場所とアリーナの地面からは距離が開きすぎてる。相手を地面に叩きつけようと考えたんだろうけど、それじゃ効果無しに決まってるっ! 途中で体制を立て直されるに決まって――!
『――弾ッ!』
『任されたっ! バックオーライ!』
「はっ!?」
その時、一夏の声に反応した弾がアリーナの地面から飛び立ち、一夏に投げ飛ばされた敵ISに向かって高速で接近していく姿が目に映った。
そのまま弾は敵に向かって一直線に近づいていき、その手には巨大な鉄球を先に付けたハンマーが握られている。ハンマーは何かの力が加わっているのか、光を纏いながら小さく振動している。
そして――。
【――敵接触まで残り3、2、1!】
『――って言った後に、振ればいいんだよな?』
【今あああああああああぁぁぁぁぁっ!?】
『ですよねー。どっせい!!』
弾が飛んでくる敵と接触した瞬間に、その巨大な鉄球が振るわれ――敵の体を真横から捉え相手に打ち付けられたっ!!
ハイパーセンサー越しに映り込んでくるその光景は、敵の体が側面からの衝撃によって無理な体勢で『く』の時に折り曲げられている姿が鮮明に映し出されている。敵の左腕も巻き込んでいる為に、見ているこっちが気の毒に思うほど痛そうな光景だった。
鉄球が打ち込まれている左腕装甲と、左側面の体の装甲にビシビシと亀裂が入って行くのがよく見える。そして弾の鉄球が一際大きく振動した瞬間っ! 弾が鉄球を振り抜くと同時に、敵ISが高速でアリーナの地面に向かって吹き飛ばされるっ!
轟音を響かせアリーナに叩きつけられた敵ISは、その勢いのままアリーナの地面を激しくバウンドして転がっていき――客席下の壁に体がぶつかり、その壁に大きなクレーターを作った所でようやく停止した。
……それだけで、あの鉄球がどれだけの破壊力を持っているのかが嫌でも理解できるわ。敵ながら同情するわ。アタシは顔を引きつらせて妙な冷や汗を掻きながら、一人そう思った。弾と戦う事があったら、あの鉄球は要注意ね。一撃で特大ダメージだわ。今の一連のモーションを『甲龍』に記憶させておこう……。
『――鈴! 『龍砲』砲撃用意!』
「はぇっ!?」
ちょっと場違いな事を考えていたアタシに、弾の声が通信越しに聞こえてきたので思わず弾の方向へと顔ごと視線を向け聞き返す。
するとそこには鉄球を片手で担いだ弾が、空中で静止している姿があって……右手の人差し指を敵が激突した壁に向かってビシッと指した。
『奴は今無防備だ! 畳み掛けろ!』
「――任せて!」
弾の追い打ち要請に、アタシは瞬時に『龍砲』の照準を敵に合わせる。そしてアタシの両肩から『龍砲』の不可視の弾丸が撃ち出され――クレーターから這い出そうとしていた敵に直撃する。
『――――ッッ!?』
襲いかかってきた追い打ちの砲撃に、敵は再びクレーターにその体を打ち付ける。さらに深く壁に減り込むその姿にをアタシはハイパーセンサーで確認する。
「まだまだ行くわよ!」
そのままアタシは不可視の弾丸を連続発射して、敵に反撃する隙を一切与え無いようにして撃ちまくった。敵は成す術もなく砲弾をその身に受けるがまま。
アリーナに響くのは、アタシの『龍砲』の砲撃音と、それによって起こる爆音が連続して響くだけ。だけどアタシは休む暇なく『龍砲』を撃ち続ける!
ハイパーセンサーから見える敵は、壊れた玩具のように跳ね回りながらアリーナの壁にその体を何度も叩きつけられている。
――あれ? これってもしかしてパターンに入ったんじゃない?
そんな中で、アタシの頭にそんな思考が思い浮かんだ。
……。
『うわぁお。スゲェ敵が成す術も無くやられてるぜ!』
『あれは敵ながら少し酷いな。良くこんなとんでもない事を平気で思い浮かぶな?』
『いやー俺も流石に彼処まで上手く行くとは思わなかったんだが……これは勝負ありかね?』
『……俺ってまだ何にも、アイツに借りを返してねぇんだけど?』
『まぁまぁそう言うなよ! 後で『弾特製ドンマイ茶漬け』を食わせてやるから!』
『何で茶漬けなんだ!? 手抜きか!』
一夏達の会話が耳に入るけど、アタシは唯無真になって砲撃を撃ち込み続ける。唯一心に、何も考えず唯無心になって、砲弾を撃ち込みまくる。
――砲弾の数と、砲撃のスピードを更に上げた。リロードが遅い、何やってんのよ?
爆音の音が矢次に響いて、既に敵の姿は黒煙で隠れて見えない。でも続ける、敵がいるんだから、あの黒煙の向こう側にいるんだ。撃ち続ける。
唯一心に、ひたすら撃ちまくる。
――くふ。
『……何か、砲撃の速度が上がってないか?』
『……敵が黒煙で見えんな?』
『……鈴の奴、笑ってないか?』
『……瞳孔が開いて瞳に光が見えんな?』
『『…………』』
――くふふふ……っ!
「――あはっ、あははははははははははははははははははッ!!」
【――はーい。鈴嬢にスイッチが入りました~】
『『――トリガーハッピーかアイツは!?』』
あははははははははははははははははははっ最高ねコレ! 超面白いわ! ほらほらほらっ一発じゃ終わらないわよ!? どんどん行くわよっどんどんねぇ!!
感情に身を任せるままにアタシは『龍砲』を連続発射して、不可視の弾丸の雨を敵に向かって降り注ぐっ!
爆音と砲撃の音がアリーナ中に響き渡る音が耳に心地良い。嗚呼もっと、もっともっと、もっとよ! もっとアタシを楽しませて!
「アハハハハハハハハハッ!! オラオラオラオラァ!! 簡単に消し飛ぶんじゃないわよ、この的があああああああぁぁぁっ!!」
『……うわぁ』
『……まさか鈴にこんな隠された一面があったとは』
【衝撃事実ですねー。きっと随分ストレスを溜め込んでたんでしょう】
『一夏お前……』
『お前だからな!? 鈴のストレスの大半は確実にお前の方が上だからな!? どうすんだよアレ!?』
『別にこのままでも良くね? 普通に敵さん終了のお知らせだぞ』
『いや、それはそうだけど!』
「――アハハハハハハハハハハッ! 消えろ消えろ消えろ! 皆ふっ飛じゃえアハハハハハハハハハハ! キャハハハハハハケタケタケタッ!!」
『――と思ったが止めよう! 淑女としてそれはどうよって笑い方してる! 人様に決してお見せできない場面だ!』
【とりあえず記録しました】
『後で焼きまししてくれ』
『すんな!?』
『良しっ! では止めてこい一夏!』
『俺かよ!? 嫌だよ、今の鈴って何か禍々しいオーラが出てる! お前が行けよ! 不死身のお前なら大丈夫だ!』
『いや死ぬよ? いくら俺でもギャグ面なら不死身だが、シリアス面だと普通に死ぬよ?』
【相棒はシリアスの女神様に嫌われてますからね】
『これってシリアスな場面かなぁ!? 良いから何とかしてくれ、お前紳士だろ! 女の為なら幾らでも体を張れるだろうが!』
『こんな時だけ俺を紳士って呼ぶとは卑怯だぞ貴様!? 照れるだろぉ』
『照れてる場合かよ! 逝ってこい弾!』
【一夏殿、字が違います】
『仕方ない、此処は公平にジャン拳勝負だ!』
『ジャンケンをしてる場合でも―ああもうっ分かった恨みっこなしだからな!』
【ジャン拳のルールは簡単。先にグーかチョキ、またパーを出して相手の顔面に拳を打ち込むか目潰し、もしくは顔面を張り倒した方が勝者です】
『では行くぞぉ! ジャン・拳っ!』
『待てルールがおかしい! ジャンケンだろう!?』
『ジャン拳だよ? 正式名称は『邪運拳闘』、略してジャン拳。『世界紳士連合』内部で良く行われる紳士の簡単な勝負方法だ。良く販売支部で最後の商品を巡って繰り広げられている』
『何だその勝負方法!? それから『世界紳士連合』ってそんなに血生臭い所なのか!?』
【ちなみに後出しOKです】
『だから何!?』
アハハハハハッ! あれー? 何か一夏達の話し声が聞こえるけど……まぁいっか! そんなの気にしてる暇なんてないし! 的はまだ消し飛んでないんだから!
――的が消し飛ぶまで、撃つのを止めない!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! もう最高!
※ ※ ※
――ごめん、アタシってどうかしてたわ。
しばらく経って、アタシは『龍砲』を敵に撃ち込むのを止めて、現在アリーナの地面に一夏達と一緒に降り立っていた。
敵の姿はメラメラと燃える炎と黒煙で肉眼では認識出来ない。熱源も炎の中だから上手く探知出来ないけど……多分、倒したんじゃ……無いかしら?
うん、そうようね。きっとそう倒してると思う。原型が残ってるかどうかは別として倒してなきゃ困る。あれだけ撃ち込んで倒しきれてなかったら、それはそれで驚異だし――何よりも。
『『…………』』
――さっきから一夏達に微妙に距離を取られてるアタシが救われないじゃないの……!!
ち、違うのよ! あれはほらっ敵を倒そうとちょっと必死になってただけで! べべべべ別に楽しむ気はなかったの! 本当なの! そ、そりゃ途中から楽しんじゃった事は認めるわよ! で、でも良いじゃない敵は倒したんだから!
だ、だからさぁ。ふ、二人してそんな距離を取らないでよぉ……(泣)。
【やっちまったなぁ】
「――う、煩い! 態々アタシの回線に送信してくんな馬鹿IS! 敵は倒したでしょ! なら良いじゃない、ねぇっ!?」
『あ……そ、そうですね』
『鈴様の仰る通りかと』
「……な、何で敬語なのよ、ねぇ? ねぇちょっと。ふ、二人共私の目を見てよ。ねぇ?」
『……あのさ鈴。何か何時も色々ゴメンな?』
「な、何よ急に?」
【相棒が謝った……】
『……鈴、あんまりストレスを溜め込むなよ? 大丈夫、俺も弾も何時だってお前の味方だ』
「――ならこっち来なさいよ!? 何で距離を空けてんのよ!? それと妙に優しい顔を向けるな馬鹿ぁ!」
『『いや別に他意は無いぞ?』』
「ハモるなぁ!!」
視線を向けろと言ったけど、妙に優しい眼で見返してくる二人に向かって、アタシはその場で地団駄を踏む。やめなさいよ! 何か腹が立つのよその目!
そのまま二人はお互いに顔を見合わせ後に一つ苦笑して、アタシにようやく近づいてきた。二人が寄ってきた事に、表情には出さずに内心で少しだけホッとした……嫌われたかと思ったじゃん……馬鹿。
「しっかし派手にやったなぁ」
「煩い! 蒸し返すな!」
「あれだけ苦戦してたってのに。随分早くケリが着いたな……俺の分も残しておいてくれよ鈴」
「ふん! そんな事は知らないわよ」
「はぁ……消化不良だけど仕方ない、それで弾この後はどうするんだ? 『金の卵』って言ってたけど、多分消し飛んでるぞ?」
「いや別に消し飛んでも問題は無いんだが……アレが一体何だったか調べたかった教職員の方々には悪いことしたなぁ」
「う……」
「誰かさんの所為で?」
「そう何処かのチャイナっ子さんの所為で」
「何時まで引っ張る気なのよ!?」
事後処理の様な会話をしだしたアタシ達。センサーにも敵の反応は見られない。恐らくこの事件はこれで終了ね。
後の事はもうすぐアリーナに突入してくるだろう教職員の先生達によって後始末が行われて、アタシ達には事情説明と恐らく箝口令が敷かれる。そんな風にだいたいこれから起こるであろう内容を思い浮かべているアタシだったけど。
――だけど此処で一つの違和感に気づき、頭を切り替えた。
待って、おかしい。敵を倒したなら敵のアリーナへのハッキングも同時に消滅してるはずよ。なのに何で先生達はまだ突入して来ない訳?
もしかして突入したくても出来ない? まだアリーナのロックが開かない? 敵のハッキングがまだ続いてる……本体は倒したのに……倒した? それは本当に?
ハッとして顔を上げる。一夏は私の顔を見て眉を潜めて、だけど何かを感じ取ったように表情を引き締め、まさかと言う表情で視線をアタシの背後へと向ける。弾はアタシと同じ違和感に気づいたのか、表情を真剣な物に変えて、こっちも視線をアタシの背後へと向けた。
其処でアタシも、二人と同じく敵のいる背後へと振り返ろうとする。まさか、あいつはまだ――っ!?
その直後、アタシその場から横へと強い力で突き飛ばされる衝撃を受けた。驚いて振り向くと、そこには驚愕の表情を浮かべ、アタシと同じように突き飛ばされた弾の姿と。
――そして両手を左右に広げ、それぞれの手でアタシと弾を突き飛ばした一夏が……高出力レーザーの直撃を受けて吹き飛ぶ姿だった。
……なっ……!?
「い、一夏ぁぁぁああっ!?」
『――野郎っ!!』
庇われた事に気づいたアタシは、アタシ達の身代わりになり敵の攻撃に晒されアリーナの地面を転がっていく一夏にむかって叫んだ。
弾は突き飛ばされた体制から立て直して、表情を憤怒の形相へと変えると両腕の銃口をレーザーが飛んできた方向へと向けて射撃を開始しようとする……だけど!
その時には黒い巨体が弾のすぐ正面まで迫っており、それを見て驚愕の表情を弾が浮かべる。そして次には弾の腹部に巨大な左腕が打ち込まれ、弾が驚愕と苦悶の入り混じった表情を浮かべ、その体が跳ねて宙に足が浮く。
『がは……っ!?』
「だ、弾!?」
苦悶の声を上げた弾。だけど続けて弾の頭がもう一つの巨大な手――弾の一撃によって亀裂が入った敵ISの右手に掴まれ、そのまま大きく掴み上げられて、そしてアリーナの地面に力いっぱい叩きつけられる!
破壊音を響かせて、弾の頭がアリーナの地面に叩きつけられたと同時に地面に小さなクレーターが広がる。其処まで見て、アタシは硬直していた体と頭を瞬時に再起動させ、内心の激情に身を任せ、弾をアリーナの地面に叩きつけた敵に向かって『双天牙月』を振りかぶって突撃した!
「――くぉんのぉぉぉおおお!!」
コイツよくも……!
よくもよくもよくもっ!
よくもよくもよくもよくもよくもっ一夏をおおおおおおおぉぉっ!! その薄汚い手から弾を離せこの死に損ないの廃品物があああああああああああああああああああああぁぁっ!!
怒りのままに敵に向かって振り落とそうとするアタシ。だけど敵ISはその時トンでもない行動に移った。あろう事か、右腕で叩きつけていた弾をそのまま片手で持ち上げて、アタシに向かってその体を突きつけたのよ!
こいつ、弾を盾がわりに……!?
敵の卑劣な行動に再び怒りが燃え上がるけど、それよりもこのままじゃ弾を切り裂く事になる! アタシは振り下ろそうとしていた『双天牙月』を、弾の体ギリギリで何とか止める事に成功する。
だけど敵はその隙を逃してはくれなかった。残っていた左腕がアタシに向かって向けられる。その腕に取り付けられた銃口には既にエネルギー粒子の光が――拙い!
回避行動も取れず硬直するしか無いアタシだったけど……その時、弾がアタシを右足で蹴り飛ばし突き飛ばした。そして間一髪で、アタシの顔の側面を敵のレーザーが通過する。
「――だ……っ!?」
『がああああああああああっ!!』
【スラスター全開!】
弾の名前を呼ぶよりも先に、弾の口から咆哮とも取れる叫びが発せられて、『七代目五反田号』のスラスターで逆噴射を開始した。
そして掴まれたまま弾は体ごと背中を押し付ける形で、敵もろとも後方へと向かって持って行く。地面を削るように移動してるから、ガリガリと敵の装甲が地面に擦れ火花が散る。
――火花……? 装甲が削られ……敵にはシールドを張る力も殆ど残ってない!?
その事に気付いたアタシは、敵も消耗してる事に気付いた。そりゃそうよ、あれだけアタシの砲撃に晒されていたんだもの! 恐らく、アイツはアタシ達を仕留めるために攻撃に残された僅かなエネルギーを全部使ってる!
チャンスよ! 此処は一気に畳み掛けて、今度こそ引導を渡してやる!
逆噴射してアタシから敵を遠ざけたくれた弾だったけど、やはり堪らなかったのか途中で敵に振り払われる様に投げ飛ばされ、体が宙を舞った。
馬鹿っ無茶な事するから! そう思って投げ出された弾の体に目が向いて――其処で、白い機影が地面に落ちる寸前で滑り込む姿が視界に映った。その白い機影は弾の体を受け止め、自分の体を楯にするように地面を転がり停止した後に体を持ち上げ弾の安否を確認し始める。
それを見てアタシはパッと表情を輝かせた。――一夏っ! あんた無事だったの!? 良かった……!
『――弾! 馬鹿野郎無茶してんじゃねぇ!』
『ゴホッ! しょ……『食の寝台』……っ!!』
『!?』
一夏に抱えられたまま、弾が敵ISに向かって右手を突き出す。その右手の装甲にはエメラルドに輝くエネルギーが淡い光を放っていた。
――あれって……確か前に弾の戦闘記録を見た時の『七代目五反田号』に備わっている特殊武装発動直前のエネルギーの点滅っ!?
『――『食の寝台・まな板領域』範囲指定版っ!!』
瞬間、弾の右手が眩い光を放つと同時に……敵の足元に小さなエメラルドの電磁フィールドが浮かび上がった!
それが発動したと同時に、敵の両手がフィールドの電磁波によって絡め取られ、両腕が電磁フィールドへと叩きつけられる姿がアタシの目に映った。
敵の武装であるレーザーは両腕に組み込まれていた。そして弾の特殊武装は敵の武装を電磁フィールドに縫い付け封じ込める力を持っている――つまり、今あいつは両腕を地面に縫い付けられて身動きが出来ないって事になるわ。
その証拠に、敵ISは腕を電磁フィールドから何とか外そうともがいてる。だけど強力な電磁波がそれを許さない――正に絶好のチャンス!!
『――た、唯で俺が投げ飛ばされると思ったか! 紳士舐めんな!』
『――ははっ! マジかよ!?』
『最後の締めだ! 相棒っ!!』
【エネルギー回路接続【業火鉄板鍋】。さて一丁ド派手に決めましょう】
立ち上がった弾が直ぐさま一夏の元から離れて、アリーナを高速で移動する。そして立ち止まった場所で【業火鉄板鍋】を粒子展開、それを左手に持って右手には【剛・鉄球お玉】を持つ弾。
そして立ち止まった場所は、アタシの正面に敵を置いた向こう側――私と弾で敵を挟み打ちにする位置だった。
一体何をする気で――あ。
其処でアタシは弾の意図を瞬時に理解し、即座に【龍砲】のエネルギーを最大出力で放つ為にっチャージを開始する! 成程ね。それじゃド派手に行きましょうか!!
『――鈴っ合わせろ! 相棒行くぜぇ!! セシリーちゃん戦に続いて第二弾! 某寝坊助兄貴を起こすために編み出された、妹の愛の詰まった超絶秘技――死者のおおおおおおおおぉぉぉっ!!』
「――【甲龍】! 『龍砲』出力全開っ!! 行くわよおおおおぉぉっ!」
強力なエネルギー反応が、アタシと弾で形成されて行く。それを察知したのか敵ISが其処で初めて動揺した素振りを見せる。
瞬間、敵の足元の電磁フィールドが消え、敵の両腕が自由となるのが見えたけど……残念。もう遅いっ!!
そして――それは放たれた!!
『――目覚めええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!』
「――発射あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
爆音と轟音を織り交ぜた凄まじい音を響かせ、アリーナ全体が揺れる程の衝撃と共に、二つの巨大な衝撃が敵に向かって飛んでいく。
間に挟まれた敵ISは成す術無く強力な衝撃を左右から同時に受け――全身に夥しい亀裂を起こしながら、その巨体が衝撃と衝撃の間でのたうち回るかのように激しく痙攣を起こす!!
体が中に浮いてるけど、それでも身動き取れずに体中から火花を散らして、その体が有り得ない角度に曲がり、装甲が外れて砕け散る!! もう見ていて悲惨の一言しか言えない姿がアタシの視界に広がる。
――敵ながら酷いわね。でも同情はしないわ。それに……これで終わりだと思った?
アタシの【甲龍】のセンサーに、もう一つの巨大なエネルギーの反応が映る。その反応の位置には――白い機影。一夏の姿がある。
『【零落白夜】発動――』
激しい轟音の中。そんな中でも一夏の小さくも静かな呟きが妙に耳に響いてきた。
一夏の周りには凄まじいエネルギーの波が蠢き、そのエネルギーが一夏の両手に持つひと振りの刀――【雪片二型】の一点に注ぎ込まれ、寒気がするほどの高エネルギー反応を巻き起こしていた。
さぁて……終局と行きましょうか!! 派手に決めなさいよ一夏っ!!
「――一夏っ!!」
『――良いトコ持ってけぇっ!!』
アタシと弾から同時に一夏に向かって言葉が発せられる。それを聞いたと同時に、一夏が高速で敵へと接近して行った!
二つの強大な衝撃に晒され、既に見るも無残な状態でアリーナの地面を覚束無い足取りフラフラしている敵IS。まだ立っていられる所は、敵ながらアッパレ見事って事かしら。その頑丈さは素直に賞賛する。
だけど大人しく倒れればいい物なのに。既に反撃する余力も残ってないでしょうね? 本当あんた往生際が悪過ぎよ?
――さっき大人しく沈んでいれば、こんな目に合わずに済んだのよ。恨むなら往生際の悪い自分を恨みなさい。まぁこれで許してあげるわ。
敵ISに肉薄した一夏は。そのまま上段に大きく振りかぶり、敵へと鋭い視線を向けて言い放った。
『――ようやく借りを返せる。じゃあな鉄屑』
そして――一夏の凄まじい一刀のひと振りが……今度こそ敵を切り裂いたのだった。
【 ???SIDE 】
「……あ、消えちゃった」
反応が消えてしまった愛子の事を思って、残念そうに呟く小さな影。其処には確かに悲しみの感情が込められていた。
「……よく頑張ってくれたね。ありがとう。流石は私の『最初の子』だね? ふふふふっ後は君の兄弟達が変わりに頑張ってくれる筈だよ。君が送ってくれたデータはきっと役に立つ。今はゆっくりお休み♪」
愛しそうに画面を撫でる影。そして次にはニッコリと楽しそうな笑顔を浮かべた。
「――あああああっ凄い! それにしても凄いよいっくん! まさか彼処まで強く成長するしてるだなんて格好いいにも程がある! この束さんの予想数値より0.3%とも上回るだなんて凄い事だよこれはっ!? これは箒ちゃんと結婚したら姉妹丼もプレゼントするのも視野に入れよう!」
狂喜乱舞するように飛び跳ねる影。その頭のうさみみがピコピコ跳ねている為、正に兎状態であった。その時足元にあった何かを踏ん付け盛大にスッ転ぶも、そのままゴロゴロと転がる。
そして再び立ち上がると、にへら~っとだらし無い笑顔を浮かべた。
「うふふふっだっくんも良いねえ。『あの子』を彼処まで変えちゃうだなんて、流石イレギュラー同士は相性がいいって事かにゃ? お礼に武器の名前に関しては、この私が正式名称として認めてあげましょう! しかしエネルギー譲渡かぁ……『あの子』も面白い能力を『創った』もんだねー? そんなにだっくんが気に入ったんだね!」
ニコニコと笑顔を浮かべる影。其処には成長した我が子の姿を喜ぶ母親の姿と酷似していた。
だが其処で――ふと影は首を傾げて小さく呟いた。
「――だけど何でだっくんは本当の『名前』を呼んであげないんだろう? 『あの子』まだ教えてあげないのかな? まぁ確かに呼んで欲しくない気持ちも分かるけど、でもなぁ……」
うんうんと頷くが……しかし次には悪戯を思い浮かんだ子供の様な表情を浮かべて忍び笑いを浮かべる。
其処には邪気もなく悪意もなく――唯単純なる興味の色だけが浮かんでいた。
「良いこと思いついちゃった! うふふふっ私は見たいんだよー。真に『あの子』を纏った、だっくんの勇姿を! あの力を使う事が出来る程の覚悟があるのか、真の意味で『あの子』のパートナーとなれるのか……時期は何時が良いかなー? そうだなぁ箒ちゃんがお姉ちゃんにおねだりしてくれたら、その時に一緒にやったるかー! うふっうふふふふふふ!」
ピョンピョンと影は跳ねる。楽しく、まるで遊園地に連れてって貰える約束を交わした子供が、その時を待ち侘びるかのように、兎は跳ねる。
自分の目的の為に、月の兎が月に帰れる事を願うかのように、彼女は『夢』に向かって手が届けとばかりに……大好きだけど大嫌いな世界で、ピョンピョンと跳ねる。
何時か彼女の望む世界が訪れるその日まで……兎は跳ねる。その子供の様に無邪気な笑顔の裏に、魔女のように恐ろしい冷酷さひた隠して、兎は跳ねる。
「――教えてあげなよ『■■』。君の本当の名と……その醜い姿を。そうしないと君は何時までたっても一人ぼっちの異物のままさ……」
暗闇の中で小さく呟いた兎が、その時どんな表情をしていたかは……誰も知らない。
【 おまけ 】
「……」
「……」
「……」
『い、いやああああぁぁぁ!? 貴重な情報源がああああぁぁ!?』
『うわぁ……酷い』
『アリーナも酷い状況ね……どうやったらアリーナ中の地面に亀裂が入るのよ』
『ねぇ見てご覧なさいよ。観客席の壁が崩れてるわぁ。うふふふふ……今度は徹夜が何日続くのかしら』
「……おい貴様ら」
「「「はい」」」
「あそこに横たわっている塊は何だ?」
「……えーと残骸?」
「……し、侵入して来た敵ISの成れの果てです」
「炭火焼に失敗した魚ですかね?」
「この悲惨なアリーナの状況は何だ?」
「弾です」
「弾です」
「封印を解きました。今耳鳴りもちょっと酷いっす」
「……成程。見事撃退した事は褒めてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「きょ、恐縮です!」
「あっはっはっは! お礼なんて良いですよ!」
「さて、そんなお前らに選択肢が一つある。好きに選ばせてやろう」
「え、いや千……じゃなくて織斑先生?」
「あ、あの選ぶって選択肢が一つしか……何でもありません!?」
「強制イベント確定ですか!?」
「何、難しい事じゃない簡単なことだ――三人とも歯を食いしばれ」
「な、何で俺達頑張ったんですよ!? 手段を選んでる状況じゃなかったんだ!」
「そ、そうです! アタシ達は必死で――ゴメンなさいすいません許しください! それ死んじゃう! それを付けた千冬さんの力で叩かれたら死んじゃいます!?」
「落ち着け! ちゃんと見ろ、あのメリケンサックには『害虫専用』って書いてある! きっとあれはアリーナに湧く害虫駆除用で俺達に使う訳じゃ――ごぼぉおあっ!?」
「「だ、弾んんんんんっ!?」」
「――やり過ぎだ馬鹿どもがあああああああああああああぁぁっ!!」
【 あとがき 】
祝IS再起動! ……長らくお待たせしてすみません。